「んっ……ふぁぁっ…………。うーん、今日もよく寝たぁ……。おはよ~……って、あれ?」
いつものように夜、目覚めてリビングへ向かおうとすると、部屋は真っ暗……窓の外が暗いのは当たり前だけど、部屋の中まで暗いということは、これは……。
「深夜の2時?うぅー……悠君、寝ちゃったんだ。桐も……」
「すぅー……すー…………」
「すっごい深く寝てる……。桐、朝からずーっと家事を頑張ってるんだもんね。前は人間じゃないから寝なくても大丈夫ー、って言ってたのに。……頑張り屋さんだなぁ、桐も、悠君も。私も見習わなくちゃ」
私は優しく、桐の頭を撫でてあげて。それから、桐だけじゃ悠君に悪いから、彼の頭もなでなでしてあげる。
二人とも、本当に可愛い……私にできた、吸血鬼としての“魂のつながり”がない新しい家族、と思ってていいのかな。
「うーん、でも、これからどうしよっかなぁ。二人を起こしたら悪いし、だからと言ってこれから二度寝するには、目が冴え過ぎちゃってるし……」
そう呟いて、苦笑いする。
夕方過ぎぐらいに起きれた時は、二人が寝るまで一緒におしゃべりして、その後は一人で遊んでるんだけど、今日は桐たちとおしゃべりできなかったから……ちょっと寂しくて、手持ち無沙汰。
こういう夜は……外に遊びに行くのもなんだか気が乗らないから、しばらく二人の寝顔を見ていることにした。
私は夜目が利く……というか、基本的に夜に生きている吸血鬼なんだから、暗闇でも物が見えるのは当然なんだけど、お陰で二人の睡眠を邪魔することなく、寝顔を堪能することができた。
悠君の寝顔は、ちょっと年齢よりも幼く見えて、寝顔はまるで赤ちゃんみたい、と言ったら怒っちゃうのかな。
だけど、普段の表情からもそうだけど、彼が優しくて純粋な男の子だということはよくわかる。彼ぐらいの歳で、いい意味で世間擦れしていない……そんな純朴な子はすごく貴重だと思う。だからこそ、私も……彼に惹かれたのかな。
頭を撫でるだけじゃ、物足りなかったから、軽く頬にも触れてみる。
男の子らしい、余計な肉の付いていない、さらっとした質感。気持ちいい柔らかさはないけど、ずっと触っていたい。そう感じる。
「悠君。きっと君は吸血鬼になりたがらないし、桐もそれを許さないよね。……それがちょっとだけ残念。だって、君の首筋に噛みつけないもん。……でも、キスするぐらい、いいかな?」
なんて……彼が寝ている間に、不意打ちをするようにキスしたりはしないけど。そんなことを考えてしまう。
私、これでも一応、惚れっぽいつもりはないんだけどね。でも、彼は特別。すごく……私にとって魅力的な男性だから。
「――ね、桐。まだ出会ってそれほど長くはないって言ってたけど、あなたが今まで、悠君の純朴さを守ってくれてたんだよね。――羨ましいなぁ。私が先に出会ってたら、めいっぱい誘惑して、吸血鬼にしちゃってたのに」
なんて笑いながら、改めて桐の頭を撫でる。
私と同じように、ずっと幼い姿の桐の寝顔は、小さな女の子そのものだった。ただ、私と違うのは、私が元々は人間で、若い頃の体を無理やり保たせているだけだということ。その点、桐は初めから子どもとして生まれ、そもそも成長する、老いるといった“機能”がないという点にある。
人間にはありえないことだけど、彼女は人間ではないのだから仕方がない。……私からすると、正直、妬ましいかな。だって、私は人間をやめちゃったんだもん。自分からそれを望んだとはいえ。
「えい、えいっ。ほっぺぷにぷにだ~」
人差し指でほっぺたをつつくと、柔らかく沈み込んで、適度な反発を返してくれる。本当、子どものほっぺただ。
食べちゃいたいぐらい可愛い、というのはこういうことを言うんだろう、と思いつつ、私が言うとそれがたとえ話にならなそうだから、本人には言えないな、と思った。
「でも本当、桐は立派だなぁ。私、家事とか全然できないもん。やろうとしなかった、が正しいんだけどね。……私、人間やめた割と直後辺りから、人間らしい生活っていうのをやめちゃったんだよね。なんだかバカらしくなっちゃって。……でも、桐は初めから人間じゃないのに、人間の生活をきちんとしていて、すごいな。かっこいいよ、桐」
本人が起きている時は、こういうこと言ったらすごい照れそうだし、信じてもらえなさそうだから言わない。
……ううん、私にも照れがあるというか、一応は年下の子をこんなに褒めるなんて、ちょっと悔しくてできないんだろうな。だから、これは……桐が寝ている今だからこそ言えること。
「二人とも、いい夢見てね。私はー……そうだなぁ」
私は、本を一冊、手に取った。私はあり余る時間を主に本を読んで過ごしている。
生きれば生きるほど、未読の本は増えていくから、人が本を書くという文化を捨てない限り、私が読むべき本はいくらでもある。
「気が向いたら、私も本を書いてみてもいいかな。論文とかはいくらでも書いてるけどね。そういうのじゃない……ある青年と女の子の物語、とか」
どことなく似ている二人の寝顔を見ながら、そんな冗談を誰に言うでもなく、言ってみたりした。