「こいちあ! -従妹のチアからラブコール-」販売開始です!

小さな一日

「わーっ、すごーい!お兄ん家の近くにこんなオシャレなパン屋さんあるんだ!」
「そんなにオシャレかな?」
「オシャレだよー!食べたことないようなパンがいっぱいあるし、もうお店の感じがオシャレだもん!」
 ここのところ、電車に乗って遊びに行っていたあたしたちだけど、今日はお兄の家の近場で、ちょっとしたデート。
 と言っても、十分に都会な訳でどこに行っても物珍しいものでいっぱいだ。
「じゃあ楓、先にパン選んできなよ。僕は席で待ってるから」
「うんっ!えぇー、どうしようかなぁ。いっぱい食べちゃうかも」
 お昼を食べるために入ったパン屋さんも、すっごくいい感じで、本当にこっちに来てから都会の空気を胸いっぱいに吸い込んでる感じ。
 でも、空気だけじゃお腹は膨れない訳で。
「よいっ、しょ。これだけ食べるねー!」
「お、おお……」
 私が選んだのはショコラサンド(ココア生地のコッペパンみたいなのに切れ込みを入れて、チョコクリームとチョコダイスを挟んだ感じ)と、イチゴのタルトと、生クリームあんぱんと、パン屋さんなのにあったモンブラン。飲み物はホットコーヒー。
「よく食べるなぁ、楓」
「これぐらい普通だよー!」
「そ、そう?それに甘いものばっかり……」
「だって大好きなんだもん!いつもはあんまり食べられないけど、今だけは特別!それに、ちょっとぐらい太っちゃっても、どうせ動いて痩せるもん」
「なるほど。じゃあ、僕も選んでくるよ」
「うん、待ってるねー!」
「いや、先に食べてくれても……」
「ダーメ。お兄と一緒に食べたいの」
「……そっか」
「そうだよー」
 だって、これはデートなんだもん。一緒に食べて、感想を言い合いたいし、なんなら食べさせ合いっことか……。
「あ、あたし、すっかり甘々脳だなぁ……」
 ふと、冷静になってそんなことを考えてしまった。でも今まではこんなことできなかったら……本当になんでも、できることをしたい。
「おかえりー。このお店、慣れてるの?」
「まあ、結構利用してるかな。最近はそんなに来てなかったけど」
 戻ってきたお兄がトレーに乗せていたのは、ウィンナードッグと、あたしと同じショコラサンド。お兄も好きなのかな、チョコ。
「お兄は紅茶派なんだね」
「コーヒーっていうか、ミルクの後味が苦手だから。紅茶もレモンティーで……あっ、でも楓もブラック?」
「えへへー、そうだよ。すごいでしょ!」
「いや、すごいって言うか……無理してない?」
「してないよ。あたしもミルクコーヒーってそんなに好きじゃないんだよね。だから、ブラックにお砂糖だけ入れるの。そしたらこれが、甘いお菓子に合うんだよねー!」
「わかるわかる。僕も今度、同じ飲み方してみようかな」
「わーっ、お揃だー!じゃ、いただきます!」
「いただきます」
 お兄は順当にウィンナードッグから行くけど、あたしはどれも甘いパンだから好きなものから食べちゃう。とはいえ、どれにしようかなー……と悩んだ結果、イチゴのタルトにした。
「んっ、おいしい!うわーっ、ホントのタルトだー!ちゃんとした生地!」
「はははっ、スーパーのとかは生地が薄かったりするからね」
「うんうん、しっかり分厚くて、でも甘くておいしー!お兄っていっつもこんなの食べてるんだ。ずるいかも……」
「いや、毎日じゃないよ、さすがに」
「でも、結構食べてるでしょ?それに、他のお店も美味しくてオシャレなものが食べられるんだろうし、いいなー。毎日がキラキラ輝いてそう」
「……輝いてる、か」
「うん。そう思わない?」
「そうだな……僕はあんまり考えなかったかも」
 そう言うと、お兄はちょっと寂しそうに俯いた。
「こういう景色や、物に溢れているのが当たり前すぎて、それが楽しいとか、そういう風に感じてなかったな。でも、楓と電話するようになって、こうして実際に色々と見て回って……当たり前の毎日は、こんなに面白いものだったんだな、って思えたよ。……本当、毎日がキラキラだ」
「そっか、そうだよね。……でも、あたしがおのぼりさんやってて、お兄の毎日が楽しくなってるなら嬉しいな。だって、同じように楽しめてるってことだもんね!」
「本当に。……本当、楓のお陰だよ。つまらない毎日が、楽しくなったから……」
 そう言って笑うお兄の表情も輝いていて。
 あたしは、本当に好きだなぁ……って思った
「ね、お兄。あんぱんって食べられる?」
「うん、結構好きだけど」
「じゃ、あーん!食べさせたげる!」
「はははっ……なんか恥ずかしいなぁ」
「あたしも恥ずかしいよー。でもね?」
「うん……あーん」
「どうぞ!」
 照れて真っ赤になってるお兄の口に、ちぎったパンをぐいっ、と押し込んだ。
「んっ……美味しいよ。ほら、楓も」
「お兄が食べさせて?」
「……しょうがないなぁ。あーん」
「あーん!はむぅっ!」
「こらこら、急いで食べすぎ」
「んふーっ!おいしー!」
 それぞれ食べさせ合いっこして、同じものを食べる……それがなんだか楽しくて、嬉しくて。
 なんか、泣きそうだった。全然感動することじゃないってわかってるのに。でも……。
「お兄。今度、こっち来てよ。船磯のいいところとか、友達とか、いっぱい紹介したいからさ」
「うん、また行きたいな。……というか、ほとんど行ってないんだけど」
「不便だからねぇ。来るだけで疲れちゃうよ。……でも、お兄に見てもらいたいものがいっぱいあるんだ。だからさ」
「うん、きっと行く。泳ぐのは得意じゃないけど、海も行きたいな」
「おぉー?それって、あたしの水着が見たいって言ってるー?」
「まあ、見たいかな……」
「あははっ、素直なんだから」
「だって、遠慮してたら意地悪して見せてくれなさそうだし」
「まあねー。わかってて見せないもんね。きっと」
「だから、欲望は素直に伝えておこうと思って」
「うんうん、その方がいいよ。……あたしも、自分に素直になったんだからさ。我慢しても、なんにもいいことないよ。……つまらない意地張ってたら、こうやってお兄と直接会うこともできてなかったもん」
「そうだな……」
 どうしよう。まだまだこっちにいられるのに。
 それなのに……どうしようもなく切なくなってるあたしがいる。お兄との時間が楽しいほど、別れるのが辛くて。
 だから、なんとか今度はお兄にこっちに来てもらう約束を取り付けて、気持ちを和らげようとしていた。でも、それでも、辛いよ。
「あむっ……んーっ、あまーい!わっ、すごっ、すごい美味しい!生地はほろ苦いのに、チョコが思ったよりしっかり甘くて、いいね、これ!」
「うん、僕も好きなんだ。それに、しっかりチョコが入ってるのにそんな高くないし」
「うんうん、これがもう主食でいいもん!」
「えぇ……それは言い過ぎでしょ」
「いやいや、ずっと食べられるもん!」
 気持ちを紛らわせるためにパンをかじったんだけど、それがまた美味しくて、割とあっさりと悲しい気持ちは吹き飛んでた。……単純だなぁ、あたし。
「じゃ、最後に~」
「もう3つとも食べたの!?」
「そうだよー。モンブラン!モンブランとコーヒーはまあ、絶対に外れない黄金コンビだよね。んーっ、やっぱ美味しい!」
 お兄はちょっと呆れている、というか引き気味だったけど、でも、二人で話しながらご飯を食べれて、最高の時間だった……。
 同じようなパンが向こうでも食べられたら、食べる度に今日のことを思い出せて嬉しくなったと思うのに……絶対こんなオシャレなパンはないから、残念。
 あっ……でも、料理が得意な美岬ちゃんなら作れたりするのかな……?
 あたしもまあ、そこそこ作れる方なんだけど、さすがに家でパン焼く用意はないし……。
「なんて言うか、直接会ってから、楓のイメージ変わったなぁ」
「えぇー、こんな大食いと思わなかった?」
「いや、そうじゃなくて」
「……?」
「ちゃんと普通の女の子なんだな、って」
「どういうこと?」
「なんていうか、通話での楓はすごく可愛くて、元気で、優しくて……どこか現実味がないように感じてたんだ。こんないい子が本当にいるんだろうか、って」
「えぇっ!?そ、そこまでじゃないでしょ、あたし」
「少なくとも通話の時点ではそう感じてたんだよ。……でも、うん。今の楓は普通の女の子で、だからこそ可愛いなって思う」
「お、お兄……」
「改めて、好きだよ。楓」
「あたしも!……じゃなくって、ふ、ふんっ、今頃そんなこと思ったの?」
「なんでそこでツンデレ!?」
「だってさ~」
「うん?」
「普通に好きって言い合う関係になったら、それはもうゴールかな、って。……だから、まだまだお兄との恋愛を楽しんでいたいって言うか……」
「そんなこと……僕はいつまでだって、新鮮な気持ちで楓を好きって言えると思うけどな」
「そういうとこやぞ!!!」
「えぇっ?」
「……そういうとこが、好きなんじゃん」
 あたし、本当にこの人のこと、好きだなぁ。
 改めてそう思った。

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