「先生、エイプリルフールはご存知ですか?」
「ああ、四月馬鹿っていうやつか……地上の文化だったな。確か、四月一日には嘘をついていいだとか。ただ、午前中までしかダメとか、エイプリルフールについた嘘は叶わなくなる、なんてジンクスがあったり、色々な考え方があった記憶があるな」
「おぉー、思ったよりお詳しい!さっすが先生です!」
「で、ルカ。なんでそれをわざわざ昼休みに掴まえて言うんだ?」
「いやー、今ぐらいしかちゃんとお話するタイミングってないじゃないですか。今日が宿直の日だったらよかったんですけどねー」
そう言ってルカはくふふ、と笑う。
休み時間もルカが先生にべったりなのはいつものことだが、わざわざこういう前置きをしてくるからには、何か嘘をついてくるんだろう、という予想は普通につく。
「で、どんな最高の嘘を考えてきたんだ?割とエイプリルフールってネタバラシしてから言うのって、ハードル上がる行為だと思うけど」
「わたし、もう金輪際、先生にエッチなことしません」
「……え?」
ルカは平然と。自分の誕生日を伝えるように言う。あっさりと言い切ってしまう。
「ですから、もうエッチなことはやめましょう。やっぱり先生と生徒の関係でそういうの、ダメだと思います。……先生も、その方がいいですよね?」
「お、お前な……もうちょっとマシな嘘があるだろ。大体、ああいうことを始めたのはルカの方なんだし、お前が我慢できるはずがないだろ?嘘とわかってる嘘なんて言われても、面白くもなんとも……」
「わたし、本気です」
そう言う彼女の目は淀みなく、さっきまでの明るい軽い感じの、肉体関係を持ってからのルカではなく……始業式の後の、優等生としてのルカが目の前にはいた。
「どこまでが嘘か知らないけど、俺がそれを信じたらどうするつもりだ?どうせならもっと面白い嘘でもついて……」
「嘘を言っていい日だからこそ、本当のことを言いたいんです。それに、さっき先生もエイプリルフールは地上の文化って言ったじゃないですか。ここ、楽園ではそんなのありません。なら、わたしが嘘をつく理由もないでしょう?
わたし、常々思っていました。わたしは先生のことが好きです。好きですけど、それはやっぱり敬愛の“好き”だったのだと。どこか違うって、今まで思っていました。男女の関係になっても、どこか気持ちが満たされない。わたしが求めているのは、先生の可愛らしい顔ではなく、凛々しくて理知的な、先生としての顔なんだって……」
「もう、したくないのか?」
「したいと思いません。わたしのお慕いしている先生の、情けない表情なんて見たくない。……だから、もうやめましょう、こんな関係。元の先生と生徒に戻りましょう?」
「………………」
ごくり、と息と唾を飲み込みながら、彼は待っていた。
ルカがいつものように顔をくしゃっとして笑うことを。……だが、彼女の表情はいつまでも涼しく……それを通り越して冷たく。ほんの一欠片の嘘も感じられない。
「そう、か……。そういうことなら、俺も……」
「名残惜しくなんて、ないですよね。元々、先生は反対していたんですから。……わたしを大切に思ってくださっているからこそ」
「ああ。……でも、結局はお前を傷物にしてしまった。……ごめん」
「先生」
「俺は、一時の性欲に負けてしまったんだ。……教師として、失格だ。そんなやつがルカを大切に思っていたなんて、言われる云われはないだろ?」
「先生…………」
「ごめん、心配させるつもりはなかったんだ。それじゃあ……」
去ろうとする彼の手を、ルカはきゅっと握る。
「責任、感じないでください。わたしがしたくてしたことなんです。……いい、思い出になりました」
「ルカ…………」
「だから、いいんです。先生は何も考えなくて。先生とのことは、わたしの永遠の思い出になりますから。これから何があっても……わたしは先生との思い出を胸に行きていけます」
「ルカ…………」
それきりもう、何も言うことができず。
ただ二人、黙って午後の授業の鐘が鳴るまで寄り添い立っていた。
これが最後の“恋人”の時間……いや、今までの関係は恋人のそれではなかったのだろうか、などと考えながら。
「なるほどなるほど……恋人との別離の夢は、欲求不満の証ですね!ということで先生、いっぱいぴゅっぴゅしましょう!」
「……なんていうか、夢で安心したよ」
「えぇっ、そうですか?」
「なんていうか、今更ルカがああいう真面目キャラに戻っても、もう前までみたいには扱えない気がしたし……」
「うぅー、それってどういうことですか?わたしは基本、真面目優等生ですよ?ただちょっと、先生が好き過ぎるだけで」
「まあ、な……ともかく、俺は今のルカが好きだよ」
「うふふっ、ありがとうございます。……でも先生に寂しい思いをさせちゃったみたいですね。どうぞ、今夜はわたしのおっぱいに埋もれちゃってください。極上の寝心地ですよ?」
「ふむっ……!むっ、溺れるっ……!」
――夢についてルカに話した後、先生は彼女に思い切り抱きしめられ、顔を柔肉に埋もれさせ……本当に彼女のおっぱいに溺れる形になってしまっていた。
「いいこいいこ。今日はいい夢を見ましょうね。わたしはぜーったい、先生の傍を離れません。たとえ誰かが引き離しにかかったとしても、抵抗してみせます。……それぐらい、好きなんですから」
「んぶっ……!はぁぁっ……なぁ、ルカ。改めて、俺のどこがそんなにいいんだ?……はっきり言って、他の神と比べてどこがどう優れてるって訳じゃないだろ」
「優れている?……先生、わたしがそんなことを基準に先生を好きになったと思っていたんですか?」
「じゃあ、逆に何に惹かれたんだよ?」
「先生だからです」
「え?」
「わたしは先生が先生として生まれてくださった。それだけで先生を好きになれたんです」
「え、えっと……?」
「先生がわたしの担任教師だった。それが運命だったんですよ。もしかすると、他の人がわたしの担任だったなら、わたしはその人が好きになっていたのかもしれません。……だけど、実際にわたしの先生は先生でした。だから、先生のことが特別なんです」
「なんか、わかったような、わからないような……」
「わたしも、あんまりわかりません。でも、運命の相手だからこそ、わたしは先生が好きなんですよ」
「そう、か……。それなら、俺も……俺にとっても、ルカが運命の女性なんだろうな。……正直、他の女の人に興味って持てないし」
「うふふっ、そうですか。それならよかったです。――これからもわたしの先生でいてくださいね。先生」
「ああ。……なんとなく、お前とは卒業後もこういう関係でいそうな気がするな」
「ふふっ、そうですね!」