正月の座敷童
「まさか悠が一度もおせち料理を食べたことがなかったとはのう……。こう言うのは年寄り臭いことを承知で、あえて言わせてもらおう。近頃の若い者は日本の伝統文化をなんだと思っておるんじゃ」
「い、いやあ……。まず俺の母さんがあんまりそういう好きじゃなくてさ。で、父さんもそういうことなら無理におせちなんて食べなくていいよなー、って流れになって。んで、そんな家庭に俺が生まれたからこの歳まで一度も食べたことなかったりする」
「なんとも寂しい話じゃ……。正直、妾も昔ながらの料理よりも最近の洋食の方が美味しいと感じる面はある……そこを否定するのは料理人としてよろしくないことじゃ。しかし、一方で伝統をいくらかでも継承していくのが現代を生きる人の務めだとも思う訳で……。
ということで、悠!既に妾がおせち料理を用意しておる!とりあえず三が日ぐらいはこれをメインにして過ごそうではないか!」
「お、おおー!これが、おせち……!」
1月1日。悠と共に年明けを迎えた妾は、前日から準備し、お重に詰めておいたおせち料理を悠の前に差し出した。
中に入っているのは黒豆や田作り、昆布締めや紅白なますといった縁起物たちだ。
それにしても、悠が生まれてこの方おせちを食べたことがなかったとは意外だった。今時、別におせちを注文しなくてもスーパーやらなにやらにいくらでも単品で売っているというのに、一人暮らしを始めてからも興味を持つことはあれど、実際に買ってみるということはなかったらしい。
「どうじゃ?口に合えばよいのじゃが」
悠はしばらく何から食べたものか、と悩んだ後で伊達巻を箸で掴んだ。
「んっ、甘い!というか、めちゃくちゃうまい!!」
「ふふっ、そうじゃろうそうじゃろう。妾は特に卵料理には自信があってな。他にもだし巻き卵もあるぞ」
「桐の卵焼き、すげーうまいから大好きだよ!あっ、これもうまい!めっちゃうまい!!!」
夢中になって食べ出す悠。その姿は普段からは想像できないほど幼くて……これが“息子”としての彼なんだろう、と思ったりする。一人暮らしの身である悠が、恐らくはもうこの家ではすることがなかった顔だろう。
ちなみに、悠の実家はここからかなり遠いため、学校を卒業するまでは帰省するつもりはないらしい。
ならば、妾が親元に帰らなくとも悠が寂しい想いをせぬよう、とこうしてささやかながらも正月を彩った次第だ。
「桐は食べないのか?どれもめっちゃ美味しいけど!」
「んーっ、そうじゃのう。妾は悠が喜んでくれるだけでお腹いっぱいじゃ。しかし、今回のおせちは自信作じゃから……妾が好きな物だけ、少しいただくとするかのう」
「桐の好きなの?どれだろう……あっ、桐って甘いの結構好きだよな。じゃあ、黒豆とか?」
「豆も好きじゃが、それよりも好きなのは、これじゃ」
妾が箸を向けたのは栗きんとんだった。
「ああ、なるほど。って、これも自作したのか!?確か、めちゃくちゃ手がかかるんじゃなかったっけ」
「んー、確かに手間はかかるかもしれんのう。しかし、妾は料理が好きじゃからな。それに、こうして悠が喜んでくれた。ならば多少手間がかかったとしても、それを苦には思わんよ。それに……んっ、こうして自分でも楽しめるしのう!」
「あーっ、うまそうだなぁ……。俺、どうしても甘いのはデザートにしたいんだけど……う、ううっ……!俺も食いたい!」
「ふふっ、ならば食べさせてやろう。ほれ、あーん」
「あーんっ!」
「ふふふっ……可愛い息子じゃのう。母にもこうして甘えておったのか?」
「い、いやあ……記憶にある限りだとこんなのないよ。でも、桐は母さんよりも母さんっぽいっていうか、甘えても許してくれる感じっていうか……」
「むぅ、それはもしかして妾が舐められている、ということなのかのう?」
「いやいやいや、そうじゃなくって……!桐がその、優しくて可愛いから……」
「優しくて可愛ければ、あーんされたくなる、と?」
「あ、うぅっ……それは…………」
あっという間に顔を真っ赤にする悠。その姿が可愛らしくて、もっといじめたくなってしまう。
とはいえ、今日はめでたい日。からかうのもほどほどにして、箸を置いた。
「もういいのか?」
「うむ。後は美味しそうに食べている悠の顔をいただこう」
「いや……そうは言わず一緒に食べよう。その方が楽しいし、結構な量あるから、俺一人じゃ中々食べきれないだろうし」
「悠がたくさん食べても、物足りなくないよう、たくさん作ったのじゃ。何日かけてもいいから、残さず食べてくれると妾は嬉しい。それとも、何か嫌いな物があったか?」
「い、いやあ、それは…………」
目を泳がせる悠。まだほとんど手を付けていないのは……。
「なますは苦手だったかの?」
「う、うん……ごめん…………。結構酸っぱくて」
「まあ、あまりこればかり食べようと思うようなものでもないじゃろうからな。うむ、ならば妾が食べよう。妾は酸っぱいものも好きじゃからな」
「ありがとう、桐。でも本当、どれもプロみたいな美味しさだよな……。誰か師匠とかいたのか?」
「誰かに料理を習った、ということはないのう。ただ、憑いた家で料理が作られる様をずっと見ていただけじゃ。そうしている内に料理とはどうすればいいのかわかってきて、今に至るという訳じゃ。もっとも、実際に人に振る舞ったのは悠が初めてじゃな」
「そ、そうなのか……それでこれだけ上手いって、相当だよな……本当にプロになれそう」
「そんなものになるつもりはないぞ?妾は大切な人のために作ることができれば、それで十分じゃ。悠が好きなように作り変えるから、いつでも言うのじゃぞ?妾にとって大事なことは、そなたが喜んでくれることなのじゃから」
「あ、ああ……ありがとう、桐。なんかさ……」
気がつくと、悠が目元を抑えていた。
「どうした?目にゴミでも入ったか?」
「テンプレだなあ……わかってて言ってるんだろ?」
「うむ。ここで助け舟を出しては悠のためにならんからな」
「はぁっ……。桐が優しくて、大好き過ぎて……なんか泣けてきたよ。こんなによくしてもらって、申し訳ないくらいだ……」
「ふふっ、気にするでない。妾にとっての礼は、悠がいつまでも元気で明るく過ごしていることじゃ。おせちも縁起物、これだけ幸運を摂取したのじゃから、これからは誰よりも幸せ者になるのじゃぞ?」
「…………桐」
「うむ?」
完全に箸を置いた悠は、食卓越しに妾を抱きしめた。
「んふっ……」
「桐が傍にいてくれる時点で、俺は世界の誰より幸せ者だよ」
「……ふっ、悠よ、それは間違っておるぞ」
「えっ?」
悠に抱きしめられながら、耳元でささやく。
「悠と共にいられる妾も、同じぐらい幸せ者じゃ。一位タイが二人では、世界で一番とは言い切れぬじゃろう?」
「……はぁっ。じゃあ、どうやったら俺は桐より幸せになれるんだろうな?」
「そうじゃのう……まずはこうやって、妾に後出しを許さぬぐらい、妾を動揺させる術を探してみてはどうじゃ?」
「ははっ……そりゃ難しいな。一生かかっても無理かも」
「なら、妾も一生、そなたの元を離れることはできんのう。……やれやれ、手のかかる子ができてしまったものじゃ」
「悠、今日は初詣へ行くぞ!」
「……あー、はいはい……って、えらい気合入ってるなぁ」
「着物は着慣れておるからのう。それから、今日はこれを付けよう!」
「えっ?それって、いわゆる……」
「どうじゃ?よく似合っておるじゃろう!通販で見つけて年末の買い物と一緒に注文しておいたのじゃ!」
「そういうコスプレグッズって、結構高いんじゃないのか?まあ、別にいいけど…………可愛いし」
「んーっ?今、なんと言ったのじゃ?聞こえんのぅー」
「な、なんでもないって!ほら、神前にふざけた格好していくのもアレだし、外して行くぞ!」
「これから行く神社の祭神が誰かは知らぬが、案外妾の知り合いかもしれんぞー?それに、誰が相手でも妾も仲間みたいなものじゃ、多少ふざけた格好でも……」
「ダメなものはダメ!俺が恥ずかしいから!!」
「恥ずかしくはないじゃろう!こんなにも可愛い妹を連れているんだよ!?お兄ちゃん!!」
「急に妹になってもダメ!ほら行くぞ、桐!」
「むぅーっ!お兄ちゃんのいじわるー!!」