「という訳で、バレンタイン大作戦を決行したいと思います!」
「お、おー?」
「おー」
色々とあって、一番キッチンがおっきい美岬ちゃんの家に集まったあたしたち。
あ、あたしっていうのは花生楓。遠い東京で暮らしてる従兄の「お兄」と遠距離恋愛中。だから、直接バレンタインチョコを渡すことはできないけど、いい感じのところのチョコをネットで注文して、当日にお兄の家に届くようにしてるから大丈夫。
でも、それだけじゃちょっとつまんないから……通話しながらお兄と一緒に食べる手作りチョコも作ろうかな、なんて思って。
で、どうせだからそれぞれ彼氏や憧れの人がいる友達と一緒に作ろうかなー、と思ったのだった。
一緒に作る友達は、どっちも一個年上のあかりちゃんと、美岬ちゃん。あかりちゃんは彼氏がいるし、美岬ちゃんは学校の先輩に憧れてるんだって。
「あかりちゃん、直樹君に手作りチョコとか作ったことないでしょー?」
「ま、まあね。そもそもチョコ作ったこととかないし」
「やっぱりー。基本、お店のチョコ買ってたもんね。けど、そんなに難しくないよ。ね、美岬ちゃん」
「うん。簡単に言えば溶かして固めるだけですから、あかりちゃんにもできると思います」
「あ、そうなんだ。なら簡単だね」
「ただし……」
こほん、と美岬ちゃんは咳払いをする。美岬ちゃんは学校で家庭部に入っていて、いわゆる“料理ガチ勢”。本当は作るよりも食べる方が好きだけど、食べるのが好きということは、作ることにも妥協しないということで。
「ただ単純に温かくしてチョコを溶かし、それを冷蔵庫で冷やせばいいという話ではなくて、チョコ作りにおいて大切なのはテンパリングという作業です。化学的な色々はありますが、全て説明していると長くなるのでざっくり言うと、一度50度辺りまで熱した後、30度を下回るぐらいまで冷まし、更に30度を少し上回る程度まで加熱する。こうすることでチョコが最も美味しい状態を作り出す作業だと思ってください。一般的にチョコ作りは湯煎で行うものと思われがちですが、はっきり言って微妙な火加減が必要な湯煎は最適解ではなく、電子レンジで時間を決めて、かつ随時温度を測りながらするのがもっとも失敗がない方法だと言えるでしょう。ということで、今日の私たちのチョコ作りも電子レンジメインで行いたいと思います」
「へ、へー……。けどさ、そういうのってプロがやるようなことなんじゃ……」
「あっ」
ばっちりとあかりちゃんが地雷を踏む音が聞こえた。
「あかりちゃん」
「は、はい……?」
「テンパリングをしない場合、チョコの風味は落ちますし、型崩れしやすくなったり、見た目からして悪くなったりもします。自分用であったり、ただの義理チョコであればそれで妥協するというのも一つの選択肢ではあるでしょう。……ですが、私が作るのは本命チョコです。それも家庭部の部長である先輩にお渡しするものです。半端なものでいいと思いますか?――思いませんよね。ということで、ばっちりテンパリングをしていきます。はっきり言って、有無は言わせません」
「ごめんなさい……」
「楓ちゃん、他に注意事項はありますか?」
「んー、そうだねー……。ぶっちゃけ、あかりちゃんは見ていてくれるだけでいいかな?」
「わ、私必要だったかなぁ!?」
「あかりちゃん、ざっくり料理は得意だけど、お菓子作りは全然しないもんねー。だから、あたしたちがばっちり整えたので作るだけでいいんだよー。ちなみにあたしは、トリュフを作るからね」
「うぅっ……どうせ私は女子力ないよぉ……」
一番、ビジュアルは女の子してるんだけどね。……なんちゃって。ちょっとおじさんっぽい?
ということで、主にあたしと美岬ちゃんで準備を進めていく。
まあ、テンパリングなんていうのは言ってしまえば下準備であって、決まりきったことをやるだけ。ガッチガチに手順を決めているから迷うこともないし、整ったチョコを作ってしまったら、後は自由に成形すればオーケー。まあ、手作りチョコと言っても既にできたチョコを使っているんだから、本当のお菓子作りに比べればずっと楽な訳で、チョコ作りにあるのは儀式的な意味、付加価値しかないのかな、と思っていたり。
……こう言うと、あたしがすっごくデータ的で冷たい人間みたいだけどね。でも、実際そうなんじゃないかな、と思ったりもする。
「ね、美岬って告白はまだだよね」
一生懸命……本当に魂を込めるように作業をしている美岬ちゃんを見ながら、あかりちゃんがそんなことを言う。
「うん、そうみたい。美岬ちゃんって情熱的だけど、同時にシャイだよね。先輩、うかうかしてたら卒業しちゃうのに。だからこそ、このチョコで決めるつもりなのかな」
「う、うわぁっ、バレンタインに告白?……すごいなぁ、それ。なんかロマンチック。ウチなんて、お風呂壊れたのきっかけで、なんかすっごい勢い任せだったよ?」
「あははっ、まあ、幼馴染とだもんね。ちなみにあたしは通話しながら、結構ロマンチックでしたー」
「うわーっ、遠距離恋愛もドラマっぽいよねー。なんかずるいなぁ」
「それ言ったら、一番距離が近いあかりちゃんがずるく見えるよ。こっちなんて、会えるの長期休みの時だけだよ?」
「そうだけどさー……なんか、一番普通で地味だもん」
「いいじゃん、地味で。堅実で。リアルの大恋愛なんて損だって。ロマンはフィクションだからロマンなの」
なんて、まだ告白まで漕ぎ着けてない美岬ちゃんに聞こえたら、割と真剣に怒られそうな会話。
でも……あたしはお兄との距離感、好きだな。
いっつも一緒にいられないのは寂しいけど。でも……もどかしいのも、好き。
いっぱい想像することができて、それはそれで楽しいからね。負け惜しみなんかじゃ……ないよ。
「よし、あたしはこれで完成!はい、あかりちゃんもどうぞ!友チョコだよー」
「あ、ありがとう!楓、お菓子作り上手いなぁ……」
「結構やってるからねー。チア部で結構、お菓子作り合ったりしてるんだよ?」
「女子力……」
「あかりちゃんもちゃんと勉強したいなら教えるよ?直樹君のこと、もーっとメロメロにしちゃおうよ」
「あいつ、そういうの喜ぶかなぁ……?甘いのは嫌いじゃないけど」
「喜ぶって。だって、彼女の手作りだよ?それで喜ばない男がいたら、殴っていいから」
「そ、そっか。そうだよね……よーし、パンチ力、鍛えておかないと!」
「あ、殴るの前提なんだ」
「だってあいつ、100デリカシーないこと言うよ?『あかりがお菓子作りなんて、明日は大雨だなー』とか!」
「……い、言うの?美岬ちゃん?」
微妙にあたしはあかりちゃんの彼氏さんとは接点ないから、同世代の美岬ちゃんに聞いてみる。
「直樹君は言うと思う。普通に」
「……逆方向の信頼度がすごい」
「後、もうちょっとで……うん、これでいいと思う」
「美岬も終わったんだ。手際いいなー」
「そんなことないですよ。私もお菓子作りはあまり慣れていないので。ただネットで調べたことをなぞっていただけです。それにあかりちゃんも、もう仕上げじゃないですか」
「私はほんっと、ただ溶かして固めただけの板チョコの再整形みたいなのだけどね……。でも、なんか楽しかったかも!」
「ならいいじゃん!お菓子作りも楽しんだもの勝ちだよ。……じゃ、あたしももらいまーす!」
「うん、食べて食べて。できたてって美味しいものなのかな?」
「うーん、どうかな。時間経った方がいいのかも。けどねー、今回のチョコ、結構いいやつなんだよね」
「ネットで注文したんですが、割と高級なものしか残っていなかったので……。でも、味は本物だと思います」
「あ、だから結構予算必要だったんだ。三人で割り勘してこれかぁ、って思ってたんだよ」
「んっ!でも美味しい!これならばっちり直樹君も落とせるでしょ!」
「あいつがそんなに感動してくれるかなぁ」
「するってするって!……ね、美岬ちゃん」
「……私の全てを注ぎました。これで上手くいかないようなら、私は……自らの料理人としての道を捨てます」
「お、おおっ……!美岬の決意がすごい……!!」
「なので、将来は先輩に料理を作ってもらおうかな、と」
「あ、そういう……」
「……ともかく!明日はそれぞれのバレンタイン、頑張ろうね!」
そうしてあたしたちは解散して、それぞれの2月14日を過ごす。今年のバレンタインは日曜日。大切な人とゆっくり過ごすには……ちょうどいい日だからね。