新しい目覚め
四条那由は学校一の才女と言われる誰もの憧れである。
名門、四条家に生まれた彼女は昔から特に努力をしなくても成績優秀、運動神経にも優れ、一般的な人がする努力や苦労を知らず、当たり前のことを当たり前にしているだけでその優れた才能を開花させていった。
容姿にも優れ、他の生徒と変わらない制服を着ていても目を引き、本当の美しさの前には豪奢な衣装で着飾ることなど無意味であるということを証明してしまっている。
本来ならば、そんな完璧な人間はひがまれ、疎まれるものかもしれないが、彼女を本気で嫌う人間はほとんどいないと言えた。
「斉藤さん、私も日直の仕事、手伝うわ。私はゴミ捨てに行くから、黒板ふきをしていて」
「えっ、いいの……?別に下に行く用事とかないんでしょ?」
「いいのよ。黙ってあなたが頑張っているのを見ているだけ、なんて性に合わないもの」
那由は笑顔でそう言うと、めんどくささと、ゴミを扱うということもあって、日直の仕事の中でも特に嫌われているであろうゴミ捨てを代わりに引き受ける。
そして、その帰りには。
「先生。その器具、生物実験室までですよね。お手伝いします」
「四条さん。いいんですか?」
「はい。どうせ、このまま教室に戻るところでしたから」
新人の生物教師を手伝い、教室に戻ったのはチャイムが鳴るギリギリ。
きちんと遅くなった理由を日直の斉藤に伝え、彼女が気に病んでしまわないようにケアもする。
「(今日も楽しい……充実した日々)」
お嬢様だから、と自分を特別扱いすることを求めるのではなく、むしろ率先して雑用を引き受ける。
見た目や成績で敵わないから、とその性格をけなそうとする生徒も、そんな彼女の完璧さを目の当たりにしてしまうと、何も言うことができなくなってしまって、結果として彼女は誰もに愛されることになっていった。
それに、彼女のこういった行動は何も人気取りのためではない。
テスト勉強や部活に青春の時間を費やす同級生たちとは違い、彼女は勉強をする必要がなく、部活にも入っていない代わりに、家に帰ればすぐに花道や茶道、習字に日本舞踊。令嬢としての様々な勉強を課されていた。
その全てが那由は得意だったが、全ては花嫁修業の一環であり、彼女の人生は名家に嫁ぐことを前提に構成されたものであった。
幼い頃から、それが宿命であると言い聞かされ、自分でもそれを受け入れたつもりだった。しかし……。
「(私は“貢ぎ物”じゃないわ)」
自分は自分の家がより長く栄えるための道具。……そんな人生を受け入れられるほど、彼女はしおらしい女性ではなかった。
学校で積極的に行動を起こすのは、学校でいる時間だけ、自分が普通の女の子として過ごすことができるから。
そして、家での勉強が終わると彼女は自室で明日、着ていくための制服を着込んで姿見の前に立った。
「私は、私の人生を生きるわ。それがたとえ、今の間だけの、人から見ればちっぽけなものだったとしても」
那由にも、味方はいた。小森というお手伝いさん、いわゆるメイドだった。
彼女に頼んで那由は、何着かの親には絶対に買ってもらえない服を手に入れている。制服姿をスマホのカメラに収めた後、那由はその内の一着、異常なほどに薄く、中が透けて見える看護師の服に袖を通した。
当然、普通に病院で使われているような物ではない。コスプレ――それも性的なものを前提としたことに使われる、パートナーの興奮を煽るためのコスチュームだった。
「はぁっ、はぁっ……やっぱり、すごく、いいっ……」
そんな淫猥な。名家の令嬢が着るのに相応しくない。着てはいけない、そんな服を身にまとうと、それだけで那由は心が躍った。
普通では絶対に存在しない、今、自分だけが知っている自分。
服は体に密着し、そのスタイルが強調されて、豪奢な黒い下着の色が透けて見える。
もしもこれで外を歩けば、卑猥な女だと罵られる。欲望に滾った男に見つかれば、犯されてしまうかもしれない。
……そんな想像が、彼女を興奮させる。
「少しだけ……少しだけ、ね?」
那由は自分自身にそう言い聞かせ、卑猥な自分の姿を写真に収めた。
顔は隠して、特定につながるような背景も映さず。彼女はいつも通りに完璧に、自分の艶姿を撮影していく。
そして、その写真データを。
「見てっ……みんな、私の姿っ…………」
SNSにアップする。すると、すぐに反応が増えていく。1つや2つではなく、一気に数百という規模で。
その事実に彼女の体は熱くなり、股間はジュンッ、と疼いてしまった。
背徳的な、常軌を逸した……しかし、彼女が彼女としての人生を楽しめる時間。
それがこのコスプレ自撮りと、その反応を眺めるほんのひとときだった。
だが、歪んだ形の欲望の発散を知った彼女の望みは、よりエスカレートしていく。
聡明な彼女は当然、そのことも理解していたはずなのに、己を律することなどできなかった。……するつもりも、なかったのだろう。
「ねぇ、小森さん……。私、今軽蔑されてるわよね?」
「軽蔑、ね……それをされたからどうだって言うの?なゆ」
「…………あなたにまで嫌われたら私、生きていけないから」
「バーカ。私があんたのことを嫌いになる訳ないでしょ。……エッチな服を着たいって言われた時は、そりゃあ驚いたけどさ。あんたが自分の気持ちを見せてくれて……嬉しかったんだから」
自室に小森だけを招き、那由は体を震わせていた。
幼い頃から自分の世話をしてくれているメイドである彼女は、那由が唯一、本心を見せられる相手。また同時に、失ったら替えの利かない大切な人でもあった。
そんな彼女に、とんでもないお願いをしてしまった。その罪の意識と後悔が、那由を泣き出す一歩手前に追い込んでしまっている。――自分で言ったことなのに。
「あんたがこういうことを言い出すとは思ってたもの、お店の目星は付けてるわ。安全で、なおかつあんたが楽しめるようなお店」
「小森さん…………」
「当然、もしもがあったら、あんたも勘当されるかもしれないし、とりあえず私はクビ……というか、最悪、命まで奪われかねないわね。でもさ、自分が納得できることをやればいいと思うんだよ。私……じゃなかった、友達も昼間は普通に働いて、夜は水商売してるけどね」
「小森さん、その建前はいいって」
「何度も言ってるけど、この部屋、盗聴器とかないよね?過保護な親ってそういうの付けたりするみたいだし」
「大丈夫よ、お父様は。……私に道具としての振る舞い以上を求めてないから」
そう悲しく笑うと、那由は小森が新しく用意してくれた衣装を抱きしめた。卑猥なバニースーツだったが、彼女はこういった衣装に頼ることしかできない。
当然、小森も彼女が正道を進んでいるとは思っていなかった。だが、メイドをしているとはいえ、小森からすれば金持ちの世界の常識というのは異常だ。そんな異常な環境に生きてきた彼女が、同じく一般人からすれば異常な道に進もうとしている。……マイナスとマイナスをかけ合わせれば、プラス。歪んでいても、破滅的だったとしても。彼女が前を向けているのなら、それは間違いではないのだろう、と考えていた。
「ね、なゆ。その服、早速だけど着て見せてよ。当然、普通のブラなんかできないからね、このニップレスを付けるのよ」
「う、うんっ……。お店でも基本、付けるのよね?」
「そうそう。それを剥がすのもパフォーマンスだけどね」
「パフォーマンス…………」
ゾクゾクッ、と那由の体が震える。
これから彼女がするのは、ただ自撮りをSNSに上げるだけではなく、生の人の前で、痴態を披露する――見学店というところで働くことだった。
言葉やハートマークではない、生の男――場合によっては女の、息を呑む音や、見入る姿。場合によっては、オナニーする姿。それらをイメージすると、それだけで胸が高鳴る。
「ねぇ、小森さん。私……おかしいわよね」
「全部が全部、おかしいのよ。あんたを取り巻く全てがね。もちろん、私を含めて、だけど」
「ふふっ……そっか」
そう笑う那由は、心から嬉しそうだった。
この続きは、以下のURLよりご覧いただけます
https://ci-en.dlsite.com/creator/3264/article/467053