「桐、おはよう」
「うむ、おはよう。今日は休日だというのに、ずいぶんと早起きじゃな。どういう風の吹き回しじゃ?」
「いやぁ、昨日は早めに寝たしな。後、今日ぐらいは桐に起こしてもらわなくても起きられるようにしようかな、って」
「母の日だから?……それより、本当の母親には何か贈ったんじゃろうな?」
「ああ、もちろん。服とか小物とかより、お菓子がいいと思ってさ。カステラとか好きだから、その詰め合わせを贈ったよ」
「ほほう、中々いい感じじゃな」
桐は楽しそうに言いながら、どこか物欲しそうに悠を見上げる。
「もちろん、桐にも用意してあるよ」
「気を遣わんでもよいと言ったというに。まあ、もらえるものは喜んでいただこう!」
「それじゃ……いつもありがとう、桐。完全に俺のセンスで悪いんだけどさ」
そう言って悠が桐の渡したのは、細長い包みだった。
桐は嬉しそうにそれを開封する。
「おお、これは……!」
すると取り出されたのは、扇子だった。開いて見ると、藤の花が描かれている。
「本当は桐の花がいいかなって思ったんだけど、見当たらなかったから。なんとなく桐に似合うのかなって思って」
「可愛らしくて雅な、いい柄じゃな。ふふっ、悠のプレゼントのセンスも中々よいではないか」
「そ、そうかな……それならよかった。桐に扇子がいるのかとか、よくわからなかったんだけど、でも、なんとなく桐に持ってもらいたいって思って」
「確かに、妾は人よりも外の暑い寒いは関係ないのぅ。……しかし、近頃の夏はすさまじく暑いし、何より……ふふっ。悠にもらった物なのじゃ、これは活用しない手はなかろう!」
桐は嬉しそうに言って、扇子を開いて決めポーズのようなものを取る。
なんとなく、プロ棋士がしていそうな……気取ったポーズだ。
「よく似合ってるよ。すごく様になるな」
「そうじゃろう、そうじゃろう!……そうじゃ、別にこの扇子を使う訳ではないが、そろそろちらし寿司でも作ろうか。そのためにお酢を買ったら、そろそろ暑くなってきたことだし、鶏のさっぱり煮などもいいのう!」
「おぉー、それはいいな!……って、また桐に頼りっきりだな、俺」
「そんなこと、気にしなくてもよかろう。大体、一朝一夕で今まで全く料理をしていなかった者が上手にできる訳がなかろう。無理をされても、妾の後片付けが増えるじゃからな?」
「は、はは……それもそうか」
「それより、妾は悠が美味しそうにご飯を食べてくれるのが何より嬉しい。……今まで、技術はあってもその腕を振るう相手がいなかったのじゃ。妾が家事をしているのは趣味でもあるのじゃから、負担だなどと考えてくれなくてよいからな」
「うん、わかった。……でもさ、今日ぐらいはちょっとだけ手伝ってもいいかな?それから、少しずつ覚えていけたらとか思うし……」
「そういうことなら、大助かりじゃ。よし、ではまず、洗濯物から取り込もうか。って、それは妾が来る前からしていたんじゃったな」
「いやぁ、でも、桐の方が洗濯物をたたむのが上手いし、洗濯も上手だよな。別に洗濯機を買い換えた訳でもないのに……」
「ふふっ、それは干し方に秘密があるのじゃ。それを含めて、妾の技を伝授しよう!」
「お、おお……お手柔らかに……」
「ふふっ、傍で見ているだけでも十分じゃぞ。……家族と話しながら家事ができるなんて、まるで夢のじゃ」
桐は嬉しそうに目を細め、悠の服の裾を握る。悠はその手を、自分の手で包み込むようにして握った。
「……あったかいな、桐の手って」
「悠の手も、優しい温かさじゃ……」