はじまりの日

「人の体は想像以上に弱いものじゃな……あらゆる病から守ってきたつもりだったが、たった三十年で寿命が来るとは。ロクに体も動かさぬ体をしているからじゃぞ」
「だ、れ……?妾を笑っているのはっ…………」
「妾じゃよ、佳子。ずいぶんと細くなったものじゃ。妾の知るそなたはもっとふっくらとしていて、快活で。抱き心地も……まるで違う」
「き、り…………?」
「うむ。そなたを送る役目を、他の者に譲ってやることはできんからのう。最期にそなたを抱き、見送るのは他ならぬ妾じゃ、佳子。そなたが名を与えてくれた座敷童の桐じゃ。……うむ、やはり妾はこの名前が大好きじゃ。よい名前を与えてくれたものじゃな、佳子よ」
「ふ、ふふっ……誰に影響されたんだか、その話し方」
「誰かさんがずっと話しているせいじゃ。二十年も傍で聞いていたのじゃぞ?染み付くに決まっておろう」
「そっ、か……桐、ほんとにずっと傍に……私の、桐…………」
「そなたのものになったつもりはないがのう。……しかし、そなたは妾のものじゃ。――さっ、そろそろ逝くがいい。この妾が抱きしめて見送るのじゃ。極楽浄土に行けることじゃろう」
「う、んっ…………桐……………………」
「また、な。佳子。必ず。必ずまた会おう。妾の大切な友よ」

 妾は自分がいつ、この世に生を受けたのかは知らない。気づけばそこに存在していた。その時にはまだ言語を持っていなかったし、この世界に暦というものが存在していることも知らなかった。
 だが、それ以降は佳子と妾が二度目に別れた日。5月9日を誕生日とすることにした。
 妾が大きな別れを経験し、改めて生まれ直したこの日を。

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